memo

6月 14

corporalsteiner:

高崎フェアリーランド・カッパピア

前衛的すぎる

(onoholidayから)


5月 19

今日、行きつけのお店で同じ店の常連さんに「絵画展になんで絵を見に行くかわからない」と言われました。

曰く、「写真で見たって、ネットで見たって一緒じゃないか。ましてや、それを高い金出して買うなんて、本当にわからない。その辺、絵画好きな人に聞いてみたいので教えてほしい」というわけです。

別に絵画大好きということもないし、絵画を購入したこともない私になんで聞くのかよくわからなかったのですが、相手もまだ若い方だし、あまり真剣に聞くもので、私も真面目に答えたものです。

「絵画には筆致(タッチ)というものがある。長い時間をかけて画家が描き、またそれ以上に長い時間をかけて今に伝わる絵画はまさに生き物。写真では、その生きザマがよく見えない。絵画を見るなら写真で充分だが、絵画を感じようと思えば、やはり生で鑑賞したい。それと、絵画は時の経過と共に価値の下がらない稀な投資物件でもある。所有するステータスと共に、ノブレスオブリージュの意識の高い欧米では、富裕層が絵画を所有し守ることが文化財保護の仕組みにもなっている」というような説明をしました。

一通り説明したはずですが、相手の方は納得しません。

「見ることと満足を感じることは手段と結果で同じ線上だ。絵を見て満足するなら、それがコピーでもいいはずだ。投資というなら、もっといい投資がある。文化財保護っていうが、結局は物欲の結果であって奇麗事だ。やっぱり絵画の現物をありがたがる気持ちがわからない。言葉は悪いが、スノップの言い訳としか思えない」と食い下がります。

私もどこかでおかしいなと思いながら、返答します。

「現実に本物を見ればわかるが、現物と写真とではまったく色の深みが違う。理屈にはしにくいが、存在感と言ってもいい。投資というのは目利きが大切だから、絵が好きな人が絵画を投資の対象にするのは極めて安全な選択でもある。金の使い道を持て余す富裕層の所有欲を利用することで文化財が保護できるシステムは実利的だ。それがどのような動機であれ、現実に絵画は人々にありがたがられる存在に違いない」と説明しつつ、だんだん私が絵画愛好家の代弁者になっていくさまに、いささかアホらしさを感じました。

結局、アホらしいと思った私の方から、「あなたが絵画の価値に納得していなくとも、絵画に価値があることに変わりがない。あなたがわからない価値だからといって、価値がないわけではない。ただ、あなたが価値を見つけられないだけかもしれない。だから、わからないと思う価値に出会ったら、人に聞く前になにがいいのか価値を探してみたらいいと思う。あなたがわからない価値であっても、他の人には大切なものかもしれないので、くれぐれもそれを踏みつけにしないように」と話を切り上げました。

相手の彼は、それでも「私を納得させられない程度の価値に、絶対的な価値があるとは言えない。誰かの価値観を踏みつけにしているつもりはない。ただ、私は私にわからないものが存在したままなのが嫌いだ。そう言わずぜひこのまま議論してほしい」とがんばっていました。もう充分彼の質問の意図が見えた後でしたので、私はそれ以上その話題には乗りませんでした。

こうなっては、「わからないと言う以上は、わかりようがない」

それが彼へのただひとつの答えだと思ったのです。

結局、彼の質問は「○○がわからないから教えてほしい」と言いながら、「○○をありがたがるなんて、気が知れない」と言いたいだけなのでしょう。

「教えてくれ」と言いながら、すでに「んなもん気が知れんわ」という答えは心の中に確固として存在しているのです。ですから、聞かれた方がいくら言葉を尽くして説明しても「なるほど!」という答えが返るはずがありません。

それは、「議論しよう」と持ちかけながら、その実は論争を楽しもうとする姿なのです。

相手が自身の価値観に揺らぎを見せれば、折伏した勝利者としての自らに満足し、相手が言いよどめば、相手に無知の知を知らしめた自らに満足し、相手が激すれば、なお冷静な論理を紡ぐ自らに満足し、相手が降りれば、ゆるぎなき鉄の価値観を持つ自らに満足するというわけです。テーゼとアンチテーゼから昇華したなにかを得ようとする姿を借りながら、相手の答えが曲がらないかぎりは自らの答えをけして曲げる気がない、堂々巡りの価値観の剣闘です。

そんなことを思いながら、「わからない。なぜ?」と聞く前に、本当に自分にその答えを聞く気があるのか、そこを自問自答したいものだとじっと手を見ました。

具体的に話題にした彼には申し訳ないのですが、今年に入ってそういう問答が何度も私の身に降りかかったもので、いい機会と記事にしました。

「いい大人が、アニメやゲームやフィギュアになぜあんなに熱中するものか、わからない」というような、理性の皮を被ったオタク叩きの記事を見るにつけ、私は思います。

「本当はわかってるくせに。そんなことわかりたくもないと思ってるってこと」

本当はわかっているくせに - 背後からハミング (via naimononedari) (via karlmcbee) (via wonderthinkanswer) (via erohi)
2010-07-17 (via yasaiitame) (via takeakick) (via tatsukii) (via tkamiya) (via hanwarai) (via toronei) (via mcsgsym) (via quote-over100notes-jp) (via tatsukii) (via lovecake) (via yaruo) (via rarihoma) (via lllethargica) (via onoholiday)

2月 23

さびしさなんてどうせちょっとうれしいことがあれば蒸発してしまう揮発性の感情で、それをわざわざ恨みとか自己嫌悪なんかのめんどくさいものに加工する必要はない。

今でもときどきさびしさの波のようなものは訪れるけど、別におそれるようなものではなくて、そういうときもあるわね、というぐらいで、おおむね楽しくやれています。

なりたかった状態に自分を持っていけたことは、うれしかったし、安心した。

それで今になって思うのは、かつてさびしさに無縁で幸福そうに見えたあの人たちにも、きっとさびしさの波は訪れていたのだろうということです。

決して、わたしだけがさびしかったわけではないのだと。

ただ、彼らはさびしさを正しく運用していただけなんだ。

それだけのことなんだ。

大人なんてさびしくて当たり前で、でもそれはただ優しさを指向する力で、だれのせいでもなくて、みじめに感じることもなくて、その力にさからわずに、惹かれるままに、自分のさがしているものを見つければいい。

会いたい人には会いたいといって、いきたいところには素直にとびこんで、泣きたいときには思いっきり泣いて、さびしさでいろんなものとつながっていけばいい。

わたしはこれからもきっとさびしい。

でもそれでいい。

さびしさの運用について - Mellow My Mind (via yuiseki)

(onoholidayから)


“若林「みんなツッコミに回りたがる、と」

春日「うん」

若林「たとえば、そういうことは書いてなかったけど、ハロウィンで仮装をしてかぼちゃの格好とかをする奴をツッコむじゃない?(笑)やっぱり」

春日「うん」

若林「それで、ツッコまれると分かって、ボケ側に回らないっていうのよ。みんな」

春日「あぁ」

若林「何もしない奴が勝ちってことになっちゃうじゃん」

春日「なるほどね」

若林「サブカルとかを馬鹿にする奴らも、『自分はそうじゃないけど、アイツらビレッジバンガードなんか行っちゃってさ』って思ってる。究極、ツッコミに回りたかったら、趣味を持たない、しかないのよ」

春日「恐ろしいヤツだよね」”
オードリー・若林「評論家きどりばかりのツイッター」 | 世界は数字で出来ている (via rairaiken424)

(onoholidayから)


2月 19
“波風をたてない最大のコツは、自分を理解する人間以外と接する際にバカっぽく振舞うことだ” 暇人\(^o^)/速報 : 年齢を重ねてわかったこと その2 - ライブドアブログ (via mercure)

あーちょっとわかる気がする

(ako17から)


11月 11

私が高校のとき、私は数学だけは成績が良かった。だから数学の授業で教師の話は全く聞かずに「大学への数学」をやったり、「数学セミナー」を読んだり、院試の数学の問題を解いたりして暇を潰していた。定期試験ではいつも授業の範囲を無視して解答していた。それゆえ、正解なのにバツをされて答案が返ってくることが多々あった。採点した教師が私の解答を理解できないからだ。

バツが不当だからと私は数学の教師のもとに抗議に行くわけだが、その教師はたいてい私の話を理解できず(その教師はFラン大学の出身だった)、仕方ないので私は数学の学年主任(その人は京大の数学科出身だった)のところに持って行って、その人に私の答案を採点した数学の教師を説得してもらうのが常だった。

しかし、あるとき、私はいちいち抗議に行くのが面倒くさくなって、抗議に行くのをやめてしまった。どうせテストの点数が95点でも100点でも成績が5段階評価の5であることには違いないし、まして、この数学の担任に採点の間違いを認めされたところでそれは自分にとっては何の益もないことだからだ。

いや、嘘だ。その話は正確ではない。もう少し正確に言うなら、「この担任が理解できようが理解できまいが、数学的に見て正しいものは正しい」と私はある日、気づいたからだ。その担任の鼻を明かし、私自身の矮小なる自尊心を満たしたところで仕方がないのだと気づいたからだ。

そのことに気づけたことは、私にとってまさに僥倖であった。ああ、それこそが数学なのだと思った。数学的な“正しさ”が、個人の感覚や判断などに依拠してはならない。論理的に正しいものは正しいものとして存在しなくてはならない。誰かに理解されようが理解されまいが、正しいものは正しい。そして、自分は正しいものだけをしゃにむに追求していけばいい。それこそが学問なのだ。

何故、私はそのことに気づけたのだろうか?

それはたぶん「ペアノの公理」の定義を私が初めて見たときからだ。その定義を見て、私は何故か涙が止まらなくなった。それは自分でも訳がわからない体験だった。

高校生でも多分名前ぐらいは知っていると思うのだけど、ジュゼッペ・ペアノという人が1891年に「ペアノの公理」を定義して自然数全体を公理化した。数のなかで一番根源的な存在である「自然数」が公理化できるということそれ自体が数学の“健全性”(正統性)を示唆しているとそのとき私は思った。

涙がとまらなくなった理由は、いまにして思えば、きっと「ペアノの公理」が「自分はこの数学の世界に棲んでいていいのだ」という安心と安らぎを与えてくれたのだと思う。「ペアノの公理」こそが自分の存在を肯定してくれ、「自分なんて死ねばいいのに」と思っていた私を「自分なんて死ななくてもいいのに」と思わせてくれた。「ペアノの公理」が「自分がこの世界に生きていていい」ということを担保してくれているように私には思えたのだ。

誰かに理解してもらう必要なんてない。教師や友達に自分のことをわかってもらう必要はない。自分は自分が正しいと思う道を、自分が正しいと思うやりかたで突き進めばいい。数学の教師が一人もおらずいや人類さえもが地球上に誰ひとり存在しなくとも自然数は荘厳とそこに存在しているように、誰ひとりあなたのことを理解していなくとも、あなたはいつも正しく、そして、あなたはこの世に存在していて良いのだから。

そろそろ死にたくなってきた人に捧げる雑文 - やねうらお-よっちゃんイカを食べながら、息子語録を書き綴る (via inujita)

(kabixから)


9月 2

夢日記集

Twitterへの覚え書きがたまってきたのでまとめてみました。

***

ふいに抱きしめられる夢を見て、いよいよ自分がいやになる

17 Dec 09

地震が来て駅らしき建物から出られなくなる夢見た。かなり大勢の人と閉じ込められる夢。なぜかそんな深刻そうでもなかったけど。非常時にすぐ持ち出せる防災リュックとか用意しとくべきかもなー。

2 Mar 10

すごい変な夢を見ました…お師匠さまみたいな人と旅をしてるんだけど舞台がなぜか本屋だった。せめて屋外を旅してほしい。あとこないだTRICKに出てた浅野ゆう子が味方で結界を張ってくれたりしていた。エセバトルマンガ的な…

24 May 10

今日の夢:学校みたいな工場みたいなところを人間じゃ ない感じの生き物と走り回る。人間じゃない感じの生き物は人間になりたい。手伝っているのに私は罵倒される。私たちは見つかってはいけないらしい。乗り込 んだエレベーターのボタンを押したら急速落下してお腹がひゅいっとした

2 Jun 10

抱きしめられてとても、ばかみたいに幸せな夢を見たよ 匂いも温度もある夢だった 自分の思考回路が少し悔しいな 起きて熱をはかったら5度くらいしかなかった 凶悪に喉が痛い

8 Jul 10

最近夢をよく見る、今日の夢は黒い犬と羊が出てきました。

2 Aug

いっこ455円する桃ゼリーの夢みてた うまかったな…

30 Sep

30代前半くらいの男の人がいて、その人には髪の長い 恋人がいて、恋人はずっと眠り続けてて、男の人が眠るとその夢の中でだけ2人は会えて、夢の中では楽しくて、空も飛べる心地で、けど起きると彼女は眠って て、目を覚まさなくて、男の人は毎朝ぽろぽろ泣くっていう夢を見たよ。今日。

16 Dec

全体的にペールピンクの靄がかかったような夢だったよ 夢の中で私はその男の人でも、女の人でもありました

16 Dec

今日見てた夢、すごく長くて独特だった。もののけ姫 チックな世界観で、被差別部落の人たちがいて、彼らはすごく踊りがうまくてそれで日々の糧を得ているのだけど、近隣の村で踊った時初めはその村の人たちも 友好的な感じだったのに、いざ踊りが終わると誰も何もくれなくて、落胆して帰ろうとしたら→

31 Jan

→外に出たところで頭のおかしい悪漢みたいな奴に女の 子の踊り手グループ(年齢と性別で組になっている)が襲われそうになっていて、どっちが投げたかわかんない手榴弾みたいなのが爆発して、屋根の茅とか材の 竹とかがものすごい勢いで吹き飛んで行く衝撃で目が覚めた。なんかアニメっぽかった。

31 Jan

妊娠・出産の夢。十月十日たてども腹膨らまず、母と死 産ではないかと話していたら水中で出産。頭が玉ねぎくらいの大きさで両手にのるサイズの小さな子。顔がテレタビーズ。悉く女性しか出てこない(母・従姉・ 叔母・祖母)産んだ子が誕生早々溺れたり。小さいし明日死ぬかなと思う#yumenikki

24 Feb

思念と物語のかけらが降り注いでくるような夢を見ていた。はっきりとしたイメージ、会ったこともない人たち、あたしの頭のどこから出てくるんかしら。

20 Apr

さっきまで寝てたんだけど←、幕末イケメンパラダイス的な夢見て現実に戻ってきたくなかったとです…。新撰組の誰かの役が伊勢谷さんで、腹筋すごかった(´`*)沖田役が藤原竜也だった(´`*)はあん

18 Jul

中学生の時に見て、忘れられない夢がある/故郷の町の、田んぼのそばの道を婚約した男性と歩いていて、それは新生活の買い物の帰りで、赤い小さな椅子を彼が持って歩いていた。私は彼の後ろをついて歩いて、夢の中ではっきりと私は19歳だった。

4月15日

急に場面が変わって、なぜか2人は田んぼの中にいて、 足が泥で埋まりながら私は彼に抱きしめられていた。幸せで頭が蕩けそうで、「愛されている」と強く感じて、そこで目が覚めた。しばらく布団の中で夢の余韻 に浸るくらいにその幸福感が抜けなくて、今もその残り香みたいなものは私の感覚に残ってる。

4月15日

大戦前の昭和っぽい雰囲気の夢見た。私は華族のお嬢様 の設定(外見も何も全部違う)で、帝国の新米教師にベタ惚れされて結婚してた。抱きしめて耳たぶはむはむしてた。耳たぶ冷たかった。めちゃ幸せだったんだ けど、きな臭い情勢になっていったので、この幸せ死亡フラグっぽいと思ってたら目が覚めた…

5月7日

今日は阪神ファンの中で一人カープを応援している夢を 見てた。夢日記になってきている…。私の夢はたいてい色付きで、今日もちゃんと夢の中で黄色と黒のしましまと赤は区別していた。そういえば、よく聞くクオ リアって、夢から覚めて内容は覚えてないけどなんとなく残っている夢の感触、に近い気がする

5月9日

兄から逃げる夢を見た…潜在的なんやかんやがよく表れてる夢だったな…

6月5日

今日の夢で何年かぶりに死んだハムスターに会えてちょっと嬉しかった 毛並みの色とか模様とか、大きさとか柔らかさとかけっこうリアルで、覚えてるもんだなーとか思った でも恨まれてると思うから、”会えた”訳じゃないんだと思うけど。

6月28日

一年くらいまえに集団で自殺しに行く夢を見たけど、あの時ちゃんと引き返せて多分よかったんだと思う。バスを降りて、よかったんだと思う。最後まで乗っていたらどうなっていたんだろう、とも最近思う。

7月8日

調理の専門学校に通うやさしい男の子と仲良くなる夢だった。彼はお弁当に春巻きを入れたり、すごくさりげない様子でメールをくれたりした。

7月26日

額の左側から赤い触覚みたいな長い毛が2本生えてきて、それがある人はみんなから差別されるから、親戚が集まってくる場で母の膝の上で抱きしめられている夢を見ていた。そのあと、クラスの男の子(顔見知り程度)と黒い中古の軽四で逃避行した。なぜか島根。道がわからなくて迷った。#夢日記

大きな桃を両手で持って、匂いをかいだり果汁をなめたりする夢も見ていた気がしたけど、気のせいだったかな。

7月31日

今日の夢は豪華三本立てだった 1.強い風が吹く日に傘で飛ぶ夢(これはよく見る)2.大量の王子様の中にいるただ一人の本物を見つけるべく、女達が着飾る集団合コンパーティちっくな王子様ゲームの夢 3.ペンギンと一緒に市営プールみたいなところで泳ぐ夢 #夢日記

8月23日

今朝の夢もなんかおもしろい感じだったのに、忘れてしまった。大きな古い旅館(民宿?)みたいな建物の周りを走ったり誰かを追いかけたりしていたような…それも複数人で。けっこう必死で走ってたけど私は道を間違えたりしたんだ。今日もおもしろい夢を見れたらいいな。おやすみなさい。

10月10日

今日は日本刀(なんか短めだし切れ味悪い)で戦闘する夢だった。厨二乙。なんだけど感触がリアルで怖かった。戦争みたいで、自分の陣にたくさん人が攻めてきて、自軍も相手も全員女の子。一人目は3回くらい刃を合わせたあと頭から肩にかけて斬った。二人目はよく覚えていない。(→)

(→)三人目と打ち合っているとどんどん刀の刃が折れていく。相手の刀も同じで、戦闘不能になってしまった。私は陣のすぐ近くにいたから武器をすぐ取りに戻れるけど、この子は自陣まで戻る途中に殺されるんじゃないかと思って、投降するように言いたかったけどうまく言葉にならず、(→)

(→)なんでか私はその子にキスした。舌を入れようとしたら突き飛ばされた。そこで我に返って武器を取りに戻ろうとしたら、仲間が大太刀を持った大柄な女に苦戦していた。助太刀したかったけれど丸腰だし、見捨てて逃げた。罪悪感を感じた。そんな夢だった。

10月31日

今日見た夢はワーストオブ悪夢だった…いろんな不安感が夢に現れたんだろうね。二部構成。前半は繋がりも曖昧、とにかく呪い、縄、血みたいなシーンが多くて、切れ切れのシーンばかりで、テレビかなんかみたいにそのシーンの繋がりを当てないといけなかった。山間の村みたいな場所。

だんだん話の全貌が見えてくる…みたいな。和製ホラーみたいな雰囲気でそれも十分こわかったんだけど、本当にこわかったのは後半。その村みたいな場所に自分がいて、人気がなくて隠れないといけないみたいな雰囲気。近くの家に隠れたら土間みたいなところに小さな女の子がいて、赤ちゃんを連れてた。

だけどその赤ちゃん、胸から下がなくて、っていうか内臓が見えてて、腸とかもっとピンクなはずなのにヘモグロビンみたいな赤黒い色してた。で、その赤ちゃんを心配そうに見てる家の人も、青い斑点みたいなのがいっぱい出てて、体が半分腐ってるみたいな感じで車いすに座ってた。

赤ちゃんもう助からない、でもまだ生きてる、どうしよう、って思ってたらその小さな女の子が赤ちゃんの上に座ったの。内臓がぷちゅって潰れて。えええって思ってたら女の子が一言、「死んでも、また産めばいいし。」って言った。そこで目が覚めた。最悪だった。

残酷なのは、小さい女の子が赤ちゃん産んでることもそうなんだけど、ひどい怪我?病気?の車いすの人が、まだ必死で生きようとしてるのに、その人の前で無惨にもうひとつの命が散ったことだ…とか目覚める直前に思ったような気がする。とにかく、めちゃめちゃ怖かった。覚え書き。

1月11日


7月 21

 どの仕事も続かず、50代になっても引きこもり状態だった知人男性が、最近働き始めた。宅配業務だ。数週間後、その男性が嘆くのを聞いた。

 「上司は、人の働きたがらない早朝や深夜便ばかり俺に押し付ける。得手勝手な連中ばかりだ」

 そりゃそうだろう。50代無職の未経験者を雇う立場を考えれば、とりあえずは人手の空き時間をそれで埋め、使い勝手のいい20代に最も長時間の希望時間帯を提供しようとするだろう。

 「人を何だと思っているのか」と憤る男性に、「仕方がない。頑張ろう」と励ましつつ、この「俺様」意識がどの仕事も長続きさせない核になっていることに、本人はいつ気づくのだろうと思った。

 自分の思う自分の社会的位置と、社会で値踏みされる位置は違う。自任と他者評価は違うことに疎いタイプが少なからずいる。

 テレビ業界ではアシスタントディレクターという位置は、一応、低いことになっている。
 諸々の雑用もこなす立場だ。その20代女性に私は用事を頼んだ。

 「今日、私が選んだ写真をデータでください」
 「わかりました」

 そして、私のメールに写真が届き、用事は終了…となる、はず、だった。
 ところがその女性は違った。

 インターネットに私の写真を50枚上げ、私がそれをダウンロードする手法をとった。

 私が選んだ写真は5枚だ。
 なぜボツ分を含む大量のデータをダウンロードさせようとしたのかはわからない。

 ただ、その女性はデータを1個のファイルに圧縮して送らず、50枚の一枚一枚をそれぞれ50回ネットに上げ、私にダウンロードする案内をした。

 その行為をするほうも大変だったろうが、ダウンロードするのも並大抵ではない。なんせ、そのほとんどが不必要で、その是非はダウンロードしないことには判断がつかなかった。

 「私が選んだものだけを、メールで添付してください」と再度、連絡した。

 すると、私が選んだものではなく、番組で使用したものが添付で数枚届いた。

 そこで私は、この用事は彼女には無理であるという判断を下した。

 「私が選んだものが添付されていません。次回、SDカードごとください」と連絡した。すると、ここから彼女の攻勢が始まる。

 「本番で使用した、〇〇〇〇番と、△△△△番を送りました」と返事が来た。
 つまり、「自分は間違っていない」と、画像の数字を羅列することで反論したのだ。

 「いーえ。あなたは間違っている」と、ここで相手にしたら、私は泥沼に入ることを経験で知っていた。そもそもその女性は私の部下でもない。

 その女性の上司に連絡を取った。

 「まず、インターネットに上がっている私の写真を消去してください。それと、SDカードをください」
 「はい」

 それで済んだ。

 写真をネットに勝手にあげたこと、写真を本人に送るという簡単な用事ができなかったこと等、その後上司から注意されていることは容易に想像できた。

 だが、それを素直に聞くだろうか、という私の予感は的中した。

 その女性からメールが来た。
「次回、SDカードをお渡しします」

 そこには、手数をかけた詫びも、ネットに写真をあげた詫びもない。文面にその女性の憤りが見てとれた。

 そしてその日。

 何人もいる番組責任者が私の楽屋に詫びを言いに来た。
「今日、SDカードをお渡ししますので」

 その後、女性が番組用カメラを持参し、言った。
「写真を選んでください。CDに焼き付けてお渡しします」

「SDカードをくれるのでは?」
「個人のものですので」
「あなた個人のもの?」
「いいえ。スタッフの」

「そのスタッフが、今日、SDカードを渡すと言ったんだけど?」
「他の仕事の写真も入ってますので」

「その写真はすぐに入り用のもの?」
「いいえ」
「見られて困るもの?」
「いいえ」
「では貸してくれる?」
「許可を取らないと」

 … 会話をしているようだが、私は女性の意地と格闘していた。

 「渡したらええやないか!」と、会話を聞いていたディレクターが怒鳴った。

 しかし女性は引かない。
「では、許可を取ってから」と渡さず出て行った。

 彼女以外の全員が「渡す」と言ったSDカード。彼女はいったい誰の許可をとりにいったのだろう。

 そばにいた別のスタッフが言った。
「はい、というのが癪に障るから抵抗しただけ。すぐに許可が取れたといって持ってきます」

 数分後。

 「許可が下りました」と彼女は持ってきた。
 詫びは当然、なかった。

 しばらくして顛末をどこからか聞きつけた上司が、ひれ伏さんばかりに詫びに来た。
 「今日に至ってまだそんな…。あの意地や頑なさはいったいなぜ」とため息した。

 私にはわかる。

 50回ダウンロードせよ、と指示した自分に従わなかった私への怒り、だ。
 その怒りの根源には、「この私」がある。未経験者の50代男性の「俺様」と同じだ。

 下働きとされるアシスタントディレクターもまた、自任と他者評価の温度差に憤る。

 「ネットにあげる圧縮方法も、知らないなら聞けばいいのに、聞かないんです」嘆く上司。

 「この私」がある以上、自分の正しさに執着するのも驚くことではなく、他人にうかがいをたてる、という謙虚さを願うのも空しい。

 家でSDカードを見て驚いた。
 変換用メディアがないとパソコンで開けないタイプのSDカードだった。

 「これがないと見られません」と、メディアチップごと貸す方法もあったのに、一切触れずSDカードのみを黙って渡すところにまだ女性の意地が届いた。

 私がこれまで出会った、たくさんの「この私」系女性たちを走馬灯のようによぎらせながら、ため息をついて、家電店に出向いた。

 この時代、「データちょうだい」「はい」で、一分で終わる用事が、「この私」にかかると、10日を要し、大勢の責任者たちが詫びで右往左往することになった。

 「この私」だけが、平然としている。

 プライドの高い部下に共通してある「この私」と「俺様」の真の恐ろしさは、本人が生涯それに気づかないまま人生を終える可能性があるということ。憤りは自分に向かず常に他者に向く。私はそういうタイプには距離を置き怒らない。治らないし面倒だからだ。

ねじ曲がったプライドは一生直らない:日経ビジネスオンライン (via nseki)

これは厨二病をこじらせた結果かもしれない。

(via daxanya1)

(siiimaaaから)


7月 9

 とある常駐先に合流した私。そこのまとめ役の人にこんなことを伝えられたんです。「ここでは毎朝9:15に軽いミーティングを行ってますので出席してください。」てな感じで。

 もちろんその時の私の反応は「えーーーーーーーっ」というものでした。だって毎朝集まるなんてめんどくせーの一言じゃん。週一のミーティングでさ え意義を感じないことがほとんどなのに、それをここでは毎日ですか?そんなことして何になるんだよー、と不満たらたらでの参加だったのですが。

 ところが。これが実際にやってみると意外とラクなんだ。作業を進める、という意味合いにおいて。

 まず朝、どこからともかく人が湧いて出てきます。会議室とかミーティング机に集まるという訳ではありません。それこそ誰かの机の周りに群がって、という感じで。周りから見たらそれこそミーティングというよりはただの雑談(笑)。

 で、始まるとまず「その日の連絡事項」が簡単に告げられます。今日□□さん休みですとか、今日の3時エレベータ止まりますとか。使われるのはせいぜい1、2分。

 その後、参加者各自が「これから何をやるのか」てなことを簡単に述べます。それこそ一人頭30秒~1分位ですかね。これによって「この人は今何をやってるか」というのを把握していくと。

 で、肝はここからです。ある人がこう言います。「で、今ちょっとここで決めかねてるところがありまして。○○さんと××さん、すいません後で時間貰えますか?」○○さんと××さん、その場で「いいですよ」と返答してこの場ではその話終了。

 ↑ここが素晴らしい。問題点の解決を試みるのではなく、問題点をいつ解決しようか、ということだけに議題を限定してる訳です。ここ重要。ノート取っておけーテスト出すぞー。

 これを各人廻していって、合計せいぜい10分位ですか。これでおはり。「じゃあ宜しくお願いしまーす」と散り散りになっていきます。さっき呼びかけた人と呼びかけられた人は資料片手にミーティング机に向かっていきます・・・というのが毎朝の恒例行事でした。

 いやね。「世の中の会議の99%は不要説」を声高々に叫びまくってる私がこんなこと言うのもなんなんですけど。これは非常にうまく機能してました よ。他の人の状況がこれで大体頭に入りますし、何よりも忙しそうにしてる人の作業中断させて教えを乞うようなストレスから解放される。かなりデカいですこ れは。

 割り込む側ではなく、割り込まれる側からしてもこのメリットは大きいです。いきなりやってこられて質問されるのと、予め予告された上で質問される のとではそりゃあ全然違いますよ。作業が中断されない(自分で調整できる)のもありがたいし。そのちょっとの間に質問される側が「より優れた答え」を用意 できる、なんてこともありますし。

 まさにXPで言うところのコミュニケーションですよね。スタンドアップミーティングが「その場」になるのではなく「きっかけ」「触媒」として機能していくと。


 さて。じゃあここまで読んで「そんじゃあウチでもスタンドアップやるぞー。毎朝集合だー!」と息巻いてるそこの貴方。

 ちょいと待った。話はまだ終わってない。まだ続きがあるんだ。今からそれを話しましょうか。

 その後も毎朝のミーティングは続いていきました。しかし、時が経つにつれ、当初感じていたメリットは薄れ、代わりにデメリットが頭をもたげるようになってきました。

 まず、この風景を見ていた上司(直属ではなく、さらにその上の上司)がこんなことを言い出しました。

「せっかく集まってるのに議事録を取らないとは何事か」

 その次の日には議事録当番が決められ、当番の人は各人の喋ったことをひたすらメモ、終了後時間をかけて議事録を作成、展開ということが行われるようになりました。

 次にプロジェクトの進行が思わしくなくなると同時に、次々に人員が投入されるようになってきました。するとこんな苦情が出てきました。

「そんなところでやられちゃ適わん。会議室でやってくれ」

 毎朝会議室が確保され、ミーティングはそこで行われることになりました。イスに座るようになってしまい、時間が長くなってもいいようになってしまいました。

 そしてトドメは上司さん(同じく直属ではない)のこんな一言でした。

「このプロジェクトの進行がかなり危うい状況です。したがって私も参加します。ユーザさんとか周りの方々に関してもできるだけ参加して頂きます。日々の問題はここで解決することにしましょう」

 こうして、毎朝毎朝、各作業担当者は各問題点を、その場で発表、解決しなければいけなくなりました。出席することが苦痛となり、皆が皆、理由をつけては欠席するようになりました。

 こうして、毎朝10分のスタンドアップミーティングは、毎朝1時間半の存在意義の無い、会議の名を借りた『儀式』と変わり果ててしまったのさ。

 ちゃんちゃん。めでたしめでたし。

09:15の儀式 (via hepton-rk)

印刷して上司に読ませるべし。楽しくないと続かないのと、同じやり方がいくら効果的でも少しずつ変えていかないと飽きてくるって、誰かが言ってた。

(via daxanya1)

2011-02-21

(via gkojay)

(siiimaaaから)


5月 8

人は理想を持つと、「自分はいいことをしている」と思いがちになります。すると共感してくれない人、協力してくれない人、興味を持ってくれない人、違う形の理想、正義を持っている人に対して、批判的になりやすい。宗教戦争はその典型例です。

「私は正しいんだ」という自己価値証明の罠にはまってしまうからなんですが、それを手放して、生き方へのありとあらゆる判断を手放して、すべての人の価値観を対等に認めながら、自分の人生を生る、そんな生き方が、この罠を越える方法かもしれないと思っています。

ドラマ「監査法人の心理学」 理想、情熱、正義に向かって生きるリーダーを待ち受ける人生の罠:カウンセリングスタイル (via milkcocoa) (via sokai) (via konishiroku) (via yaruo) (via motomocomo) (via kiri2) (via clione) (via siiimaaa)

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